「礼に始まり礼に終わる」とされる日本の武道。
どのようなスポーツでもマナーやお互いへのリスペクトは重要なものですが、武道では特にその精神が大切にされているといえるでしょう。
そんな数ある武道のなかでも、剣道はことのほか礼法に厳格な面が知られています。
剣道には幾種類もの「礼」がある
剣道には大きく分けて「立礼」「座礼」「蹲踞(そんきょ)礼」の作法があります。
読んで字のごとく立礼は立った状態での例、座礼は正座をした状態での礼です。
日本では伝統的に日常生活において正座をする文化があり、剣道に限らずあらゆる武道や芸道でも正座の礼法を伴うといえるでしょう。
蹲踞とはあまり聞き慣れない言葉かもしれませんが、剣道で試合や稽古の前に相手と向かい合い、竹刀を抜き合わせるとともにしゃがむような姿勢をとることをいいます。
これは一説には自身の身を低い位置に置いて相手への敬意を示しつつ、気力を充実させる礼法ともいわれています。
蹲踞礼は非常に古い形式の伝統ある礼の仕方で、例えば相撲の作法に残されているのが有名です。
古流武術にもこの礼式を伝える流派が多く、剣道は歴史的にも貴重な礼法文化を伝えているといえるでしょう。
剣道の礼儀作法の種類
では、剣道には具体的にどのような礼儀作法の種類があるのでしょうか。
細かい点を挙げると注意すべきことが無数にありますが、代表的な例を以下に6つ見ていきましょう。
1.道場入退出時の礼
剣道をはじめとした武道では練習する場所を「道場」と呼びます。
これは専門の武道場のみならず体育館やアリーナであっても同様で、「修業の場」を意味する仏教用語が元になっています。
したがって道場に入る際、そして出る際には必ず一礼することを教わります。
練習をさせてもらう「場」に対する感謝と敬意を表す礼法といえるでしょう。
2.神前(正面)への礼
道場に対する礼と通じるところですが、剣道の稽古前には神前または正面に対して座礼をすることが一般的です。
正確な解説はあまり目にしませんが、武道場には神や仏を祀ってあることが多く、修行の場としてまずはそうした存在に礼をすることが自然なマナーになったものと考えられます。
体育館やアリーナでは必ずしもそうした祭壇はありませんが、安全に練習をさせてもらえる「場」に対しての礼を行うという作法です。
3.師への礼
剣道の稽古前には必ず数段階の座礼を行うものですが、神前や正面の次には師、つまり先生方に礼をします。
これは稽古のうえで教えを授けてくれる指導者に「よろしくお願いします」という気持ちを込めて捧げる礼で、目上の人への作法としては社会生活でもとても重要な姿勢です。
細かい作法をいうとお互いに礼をした後、道場生は先生方が顔を上げてから頭を起こすのがマナーで、目上の人より先に礼を解いてはいけないとされています。
4.お互いへの礼
最後の座礼は稽古仲間同士、お互いへの礼です。
練習ができるのは相手がいてこそのことで、いずれも切磋琢磨し学び合う大切な仲間です。
そんな剣友に対して相互に礼を交わし、敬意をもって研鑽し合うことが大切です。
5.道具への敬意
剣道では竹刀や防具一式といった特有の道具を用いますが、これらの扱いにも厳格な作法があります。
竹刀は武士の魂ともいわれる刀を模したものとされ、真剣同様に丁重に扱うべきものです。
したがって床に置いた竹刀を手に取る時は片膝をついて取り上げ、逆に下に置くときもやはり片膝をつくのが礼儀です。
防具も置き方が決められており、決して立ったままでは身に着けないよう教わります。
正座して威儀を正し、手順に沿って素早くしっかりと着装することは、折り目正しい所作にもつながります。
また、これらの剣道具類は絶対にまたがないように戒められます。剣道具は自身と稽古仲間の命を預かるものといっても過言ではなく、大切な道具にも敬意を払うことは重要な心がけであるからです。
このような姿勢とマナーから、剣道を通じて物を丁重に扱う習慣が身につくともいわれています。
6.立居振る舞いや竹刀を扱う所作
剣道では立って稽古をしますが、面を外した際の礼法には座って行うものが多く、立居の所作にもさまざまな決まりごとがあります。
その一つに「左座右起」というものがあり、読んで字のごとく座る時は左足から、立つ時には右足から動作することを示しています。
その理由には諸説ありますが、一つには刀を左腰に差し、座る時には左手に携えているという基本姿勢が影響していると考えられます。
剣道の竹刀も必ず正座した自身の左側に置くのが作法であり、真剣を取り扱う際の体のバランスから発した礼法といえるでしょう。
ちなみに剣道と併修されることも多い「居合道」は、刀を用いて形を演武する武道です。
そこにはさらに厳密な刀の礼法がありますが、脱刀して座る際には剣道と同じく左側に、刃を外向きにして置くのが作法です。
しかしこれは手に取ったらそのまま抜刀できる状態でもあり、いわば準戦闘態勢の刀の置き方とも例えられます。
稽古を終えて礼を交わす時やそれ以外の時間では、刃を内側に向けて体の右側に置くのが一般的であり、すぐさま抜刀できない態勢で敵意のないことを示しています。
剣道では竹刀といえども真剣同様の感覚で取り扱うことが重要であり、うやうやしく道具に対することは美しく礼儀正しい所作につながるものです。
激しく戦うからこそ「礼」が必要
剣道をすると礼儀作法が身につくことについて、具体的な礼の種類やそれらに込められた意味を解説しました。
武士たちが修めた戦いの技を源流に持つ武道ですが、「礼」を重視するのには理由があります。
それは武道が本来持っている闘争の技術としての面が強く出過ぎると、簡単にお互いを傷つけ合ってしまう危険性をはらんでいるためです。
競技であれば勝負の側面がありますが、何よりも相手はお互いを鍛え合い高め合うかけがえのない仲間です。
それは先生や先輩方、同輩や後輩といったすべての人に当てはまることで、相手を尊重して敬意を払うためにも礼の心は不可欠なものといえます。
真剣勝負の厳しさを持った剣道ですが、このように自己を律して相手へのリスペクトを目に見える形でも示すことから、社会でも通用する礼儀作法を身につけることができるといえるでしょう。