「武道の達人」と聞くとどのような人の姿をイメージするでしょうか。
メディア作品などでは白髪の老人として描かれることも多いようですが、それだけ長い修行の末に達した境地であることを表現しているといえるでしょう。
しかしそんな老武人の姿はフィクションだけのものではありません。
剣道の修行者には70~80歳代の高齢者も多く、最高位の八段保有者も高齢の剣士であることが一般的といえます。
それは剣道が長く取り組める「生涯武道」であること、年齢を重ねても心技を向上し続けることができることを示しています。
剣道は高齢でもできる生涯武道
あまたある武道ですが、大きく分けると打撃や組み合いなど相手と直接のコンタクトがあるものと、「形」を中心に演武するものとがあります。
剣道は形もありますが前者のグループに属し、その中でもとりわけ現役の年齢層が高い武道であるといわれています。
修行を重ねた年月とともに経験値や精神力といった目に見えない力は蓄積されていきますが、年齢が高くなるとどうしても体力面での衰えは免れません。
それにもかかわらず剣道では高齢の剣士が若い人たちと同じフィールドで稽古をし、なおかつリードできるのはなぜなのでしょうか。
次にその理由を詳しく見ていきましょう。
剣道が高齢でもできる理由
剣道が高齢になってもできる武道であることを述べてきましたが、若い剣士とも同じ条件で戦えるというのは、実は相手と直接のコンタクトがある格技として非常に珍しい部類といえます。
以下、その秘密がどのようなことに由来しているのか、代表的な5つの根拠を挙げました。
1.「竹刀」という道具を使う武道であること
まず、剣道は竹刀という道具を扱う武器術としての側面を持っていることが高齢でも強さを発揮できる大きな根拠の一つです。
例えば相撲のように武器を持たず、文字通り身一つで戦う武道であれば、心技だけではカバーしきれないフィジカルの問題があります。
したがって選手生命は長くなく、大相撲などでは親方が指導のために土俵に上がることはあっても高齢になって若い力士を圧倒することは困難です。
一方、剣道でもパワーやスピードは必要ですが、それ以上に竹刀を的確に操作する「技」の部分で体力の衰えを補うことが可能で、そのために高齢の剣士が若者を圧倒するシーンも珍しくないといえるでしょう。
2.「タイミング」が重要な武道であること
剣道ではパワーやスピードももちろん重要ですが、それ以上に「タイミング」が勝敗を分ける大きな要素となることが知られています。
ほんの一瞬の判断を誤ったり機会を捉え損なったりすることで、実力では勝るはずの選手が敗退することも珍しくありません。
そのため全日本剣道選手権でも連覇することは非常に難しいことが知られており、勝敗の不確定要素が大きい武道であることも特徴です。
これは裏を返せば必ずしもスピードとパワーを持った選手が強いというわけではなく、的確に「機」を捉えること、すなわちタイミングの取り方が重要な技術であるといえます。
剣道は周知の通り体重や身長で階級が分けられていない無差別級の武道ですが、体格や年齢に関係なく戦えるのはこうしたタイミングに関わることが勝負を左右するためです。
このようなことから、剣道は高齢になってもなお強く若者以上に戦えるのだといえるでしょう。
3.「戦略的」な武道であること
剣道ではタイミングの取り方が重要な技術であることを述べましたが、ただじっとチャンスの到来を待てばよいというわけではありません。
相手との駆け引きのなかで意図的に打突の好機をつくり出すように仕向ける、ある種の「戦略」が必要です。
例えば試合中の観察の結果、相手が面を打つときに手元に隙ができる癖を発見したとしましょう。
そうした場合、こちらから仕掛ける素振りを見せてあえて面打ちを引き出し、あらかじめ狙っていた出ばな小手を放つといった戦法の一例を挙げられます。
このように自ら機会を生み出してゆくことには経験値や胆力、そして冷静沈着な観察眼が必須であり、長く修行を積んだ高齢の剣士にアドバンテージがあるともいえるでしょう。
このように戦略的であることが、高齢になっても剣道ができることの理由の一つです。
4.「経験」の差が強さに通じる武道であること
前項で述べた戦略性にも通じる部分ですが、剣道では「経験」の差が強さに通じる部分が大きいといえます。
無差別級である剣道では、試合でも稽古でもどのような体格の選手と当たるかは分からず、いかなる相手であっても戦わねばなりません。
さらには剣風や得意技、それぞれの癖もさまざまで、限られた立ち合い時間のなかでいかに多く相手の情報を集めて最適な戦法をとるかが勝敗を大きく左右します。
こうした観察眼や戦略立案には経験の豊かさが重要なポイントとなり、剣道が高齢になっても向上し続けられる武道であるといわれるのは、こうした特性によるところも大であるといえるでしょう。
5.「精神力」が大きく影響する武道であること
武道では「心技体」という言葉がよく使われますが、剣道においては同様のことを「気剣体」といいます。
いずれも最初に「心」「気」という語が位置することから分かるように、武道では「精神力」が非常に重要なウェイトを占めています。
剣道は特に精神力の差が如実に表れるともいわれ、長い修行を積んだ高齢の剣士にはやはりその部分でも若い選手に負けない強みがあるといえるでしょう。
精神力と一口にいっても幅広い要素を含んでいますが、いわゆるガッツや忍耐だけを指す言葉ではありません。
剣道の立ち合いで相手の癖や弱点を冷静に観察する心のゆとりや、追い詰められた際にも粘り強く対応する諦めない姿勢など、精神の強さはそのまま技に表れるものです。
このようにして鍛え上げた精神は稽古でも試合でも威力を発揮し、年齢や体力をカバーする強力な武器となります。
そのため、修行によって精神的な高みに到達した高齢の剣士は「強い」といわれるのです。
剣道は高齢になっても幅広い年齢層とともに楽しめる
剣道が70〜80歳代になってもできること、なぜ生涯武道と呼ばれて高齢でも楽しめるのかについて解説しました。
現代では幅広い年齢層の人たちが一堂に会して一つの取り組みを楽しむという機会はけっして多くありません。
しかし剣道は子どもから高齢の方まで、あらゆる世代の愛好者がともに汗を流せる武道です。
60代、70代になってから新たに剣道を始める方々もおられ、生涯武道と呼ぶにふさわしい魅力を持っているといえるでしょう。